日本の奇習”夜這い”とはどのような文化だったのか

日本の奇習”夜這い”とはどのような文化だったのか

PARTNER編集部
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現代ではほとんど見られませんが、昔、日本には「夜這い」という慣習がありました。

今では、一方が誘って一方がそれに乗るという形がほとんどです。

夜這いとは、いったいどういったものだったのかご紹介していきます。

夜這いとは

夜這いとは、夜中に寝ている異性の元へ、セックスをする目的でおもむく行為のことを指します。夜這いは、主に恋仲、婚姻関係にある男女の間で行われていた習慣です。

二人は、昼間の間に「今夜、夜這いに行く」ことを取り交わします。そして、夜になると、大半の場合は男性が女性の枕元へと忍び寄り、そこで当時で言う「まぐあい」がありました。

夜這いという習俗が生まれた理由

なぜ、夜這いという習俗があるかというと、古代の日本人の結婚の風習に原因があります。当時は「妻問い婚」という形の結婚が一般的でした。

妻問い婚とは、夫が妻の下に頻繁に通う婚姻形態です。つまり、現在の夫婦の在り方とは全く違い、同居していないということになります。

同居していないのだから、何か用事があれば夫が妻の家へと出向きます。むろん、セックスについても同じことです。

このような婚姻形態が背景にあることから、夜、夫が妻の家に出向いて枕元に忍び寄り、関係を持つ、すなわち夜這いすることが当たり前に行われていました。

遠く離れた土地同士の男女が恋仲、婚姻関係になると、男側は片道何時間も掛かる夜道を歩いて恋人もしくは妻の家まで向かう、ということもあったそうです。

さまざまな夜這いの形

夜這いは、基本的には男性が女性の元を訪れる、というものではありました。しかし一部には例外もあり、女性が男性の元へ訪れる形、また同性同士での夜這いも、わずかに存在していたそうです。

ちなみに夜這いの形式は、単純な男女一組のセックスに限りません。成人となったことに対する儀式としての夜這いもありました。

儀式としての夜這いには集落ごとによってさまざまなバリエーションがあったようです。たとえば、その地域における「成人と呼ばれる年齢」に達した女性の元へ、経験豊富な男性が夜這いに出向き、セックスをしていました。

また紀州地方では、娘が13歳ぐらいになるころ、信頼のある年配者に夜這いを依頼し、娘を「女にしてもらう」というようなケースもあったようです。

この時、娘の親は「女にしてもらった」お礼に米や酒などを送るなどしていました。

人妻である女性が、成人を迎えた男性のところに夜這いをして、性の手ほどきを施すなど、一種の性教育として夜這いが行われていることもありました。

夜這いの語源

かつての日本において、男女が結婚に至るまでには、「男性が女性の元へと足しげく通い、求婚を呼びかける」、というプロセスを踏んでいました。

このことは「呼ばひ」と呼ばれていたそうです。

そこから「呼」の部分は、男性が女性の元にセックス目的でおもむく時間帯が多くは夜であったことから「夜」という字があてられました。

さらに、「ばひ」の部分には男性が女性の体に這うことから「這い」という字があてられます。

これら二つを合わせて「夜這い」という言葉が生まれました。ただし、明治時代以後、「夜這い」という言葉の意味はもう一度変化しました。

政府が示した富国強兵の一環で、夜這いとは非道徳的な行いで、冷ややかな目で見られてしかるべきであるという風潮が広まります。

そのころになると「夜這い」は「男性が女性の元にセックス目的でおもむく」という意味を失って、単純に「寝ている誰かの元を訪れる」程度に意味で使われるようになりました。

夜這いの歴史

夜這いは、非常に長い歴史を持っています。日本各地において、大昔から脈々と、習俗として受け継がれてきました。

夜這いという習俗のはじまり

夜這いという習俗の始まりは古代までさかのぼると言われています。少なくとも大正時代には、各地の農村や漁村など、小規模な地域で行われていたようです。それが中世に至るまで、どのように広がっていったかは、詳しくは分かっていません。

ただ、徳川時代においては、夜這いを禁ずる法令がたびたび発されていたことなどから、この時代の前後で夜這いがさかんに行われていたことが推測できます。

徳川時代から大正時代の間で、夜這いの習俗が失われるような歴史的事象は特別見当たりません。よって、大正時代から脈々と夜這いの習俗は続いているものではないかと言われています。

夜這いという習俗の縮小のはじまり

明治時代、政府はいわゆる富国強兵の国作りを進めます。そのさなかで、純潔思想、一夫一妻制などの保守的な貞操観念教育を進め、夜這いを弾圧するような世論を作り上げました。

これにより、夜這いの習俗は誰にとっても一般的な考えだったものが、冷ややかな目で見られてしかるべき行いだというような風潮が強まります。

なぜ、政府がここまで夜這いを追放していたのかというと、夜這いが産業、国家の発展に寄与しなかったからです。

富国強兵による経済基盤構築のため、資本主義へと傾倒した政府は、農村や漁村で暮らす人々を都市部に連れ出して労働力として利用します。

その結果、農村や漁村などの小さな集落は次々と姿を消し、同時に夜這いの習俗も縮小していきました。

性産業発展により、夜這いの習俗は消滅に向かう

また、都市部や工業地帯における男性の性的欲求を満たすために、売春宿をはじめとしたいわゆる風俗店が乱立するようになります。

つまり、男女間で恋仲になり、夜這いをするという関係性を、性産業が奪ったという形式です。

これには、政府が富国強兵の国作りにおいて、性産業の成長をうながして資本主義の発展を目指したという目論見がありました。

ただ、富国強兵政策のおよばない山間部の農村や、へき地の漁村においては、相変わらず夜這いの習俗は残っていたそうです。

ある意味で政府の方針の影響を受けない一部地域で夜這いの習俗は細々と受け継がれました。高度制度経済成長期(1960年ごろ)まで、夜這いの風習が残っていた集落もあるようです。

その後、各種インフラの整備やテレビの登場により、夜這いの習俗が残る地域が少しずつ俗世間と関わりを持つようになり、夜這いの習俗は姿を消すこととなりました。

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