戦国時代のセックス・性風俗・オナニー事情:ホモセクシャルは当たり前?

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PAETNER編集部
公開, 更新 , セックス

最近ではゲームやアニメの影響もあって若い人たちにも戦国時代の人気が高まっています。しかし当然ながらそれらのメディアでは戦国時代の下半身の事情は語られません。

戦国武将も人の子であるため性は見逃せない側面であり、そこには興味深い歴史が息づいていました。本記事では群雄割拠の時代の知られざるセックスの事情を解説していきます。

産めよ増やせよ!戦国のセックス事情

戦国時代といえば、華々しい戦国武将の活躍がまず思い起こされます。戦国武将は腕力や知力の強靭さもさることながら、生殖能力も高いものが求められました。

戦国武将は家という単位で勢力を持っており、血筋を活用して強い結束力を生み出していました。もしも子孫を残すことができなければ養子を迎えて解決策をとっていましたが、家督争いなどトラブルを残すこともありました。

そのため、なるべくならば実子に跡を継がせたいという思いがありました。しかも医療技術が未発達で戦乱も当たり前の世の中なので、なるべく多くの子供を残しておく必要があります。

戦国大名にできることはなるべく多くの側室を迎え、なるべく多くの性行為を行うことでした。戦国大名は正式な妻である正室の他、側室として多くの女性を養っていました。

記録に残っている中では徳川家康には20人以上の正室及び側室がおり、妻の数は戦国武将最多です。同じく天下人であった織田信長は10人前後、豊臣秀吉は13人程度でした。

最も全ての戦国武将に側室がいたわけではありません。毛利元就や明智光秀、直江兼続など正室しか迎えなかった戦国武将も存在しました。かなり変わり者の部類として、上杉謙信など生涯結婚しなかった武将もいます。

名将の下半身を支えた性のガイドブック

セックスなくしてお家の繁栄はありえないため、戦国武将はセックスに真剣に取り組んでいました。当時は出版技術が発達していないため武将達はもっぱら書物から情報を得ていました。

当時の伝説的な名医であった曲直瀬道三(まなせどうさん)が記した「黄素妙論」という本があります。この本は当時の医学知識に基づいてセックスの方法を解説したもので、セックスを通した体の養生の仕方を解説していました。

黄素妙論の内容をたどれば当時のセックスがどのようなものであったか知ることができます。例えば、本のなかでは正常位、後背位、背面騎乗位など合わせて9つの体位が紹介されており意外にバリエーション豊かです。

特にセックスのタイミングには気を使っており、書物の中でも多くのスペースが割かれています。20歳なら3日に1度とセックスの間隔について記されているほか、天候が荒れている時などセックスを避けるべき時期も解説されています。

ホモセクシュアルは当たり前

戦国時代のセックスの特徴として、現代よりもホモセクシュアルにはるかに寛容であったことが挙げられます。当時はホモセックスは「衆道」と呼ばれており、両刀使いの戦国大名は珍しくありませんでした。

大名のそばで世話をする青年の侍を小姓といい、小姓にのめり込む大名も少なからず存在しました。織田信長と森蘭丸はその代表例で、徳川家康と井伊直政、武田信玄と高坂昌信などのカップルが知られています。

なお、江戸時代は女性が表舞台に立つことが少なかったためかレズビアンカップルの例は知られていません。これからの研究が待たれるところです。

戦国時代の平民セックス

開放的な庶民たち

戦国時代といえば戦国武将の活躍が目を引きますが、セックスは平民達の間にも存在しています。明治時代以前の日本は性に開放的と言われているように戦国時代でもそれは例外ではありませんでした。

江戸時代でもそうであったように祭りの夜はセックスには絶好の機会でした。祭りもたけなわになると、年頃の男女が茂みに姿を消すことも多くありました。

不倫もよく行われており、男女関係は乱れきっていました。戦国時代に日本を訪れた宣教師ルイス・フロイスは庶民の奔放な性生活について著作のなかに記しています。

戦につきものの乱取り

戦国時代はいつも平和だったわけではありません。時には戦が起こってしまい、他国の軍に国土が蹂躙されることもあります。そのような時には女性が真っ先に犠牲になりました。

敵国の侵略によって起こる略奪行為を「乱取り(らんどり)」と言います。段取りは略奪行為全般を指した言葉であり、金品の強奪や人間の拉致売買を含んでいます。もちろん、乱取りの際には女性への暴行も行われました。

当時の兵士は戦時に徴兵される農民が中心で、生計を立てるために略奪行為がよく行われていました。戦国大名としては乱取りを褒美として活用するため積極的に奨励していた場合も多くありました。

戦国オナニーは?

残念ながら、戦国時代のオナニーについてはあまり華々しいエピソードは見つかっていません。やっていたことは確かなのですが、あまり証拠も残っていません。

オナニーの方法についても革新的なものは見つかっていないので、オナニーの方法はそれ以前の時代と変わっていません。春画はあったかもしれませんが、江戸時代ほど印刷技術も発達していないため産業になりえたかは疑問が残ります。

戦国の世の風俗嬢たち

戦国時代は現代よりもセックスが身近で、セックスを行う機会は現代よりも多くありました。それでも職業売春婦は存在しており、男性の欲望を満たして対価を受け取っています。

戦国時代の売春婦では旅芸人や白拍子(しらびょうし)として様々な国を旅していた職業が知られています。白拍子とは、もともとは巫女のような姿をして神に舞を奉納する人物のことです。白拍子の中には売春行為を行う女性も存在しました。

その他、庶民も利用できる売春婦としては「たち君」と呼ばれる立ちんぼの売春婦も確認されています。時には、尼が体を売ることもあったといいます。

戦にはセックスがつきもので、いきり立った兵たちの相手をするための売春婦も存在しました。御陣女郎と言われる女性たちがそれで、軍隊の陣営近くに女郎小屋を建てたことからその名前が来ています。

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