大正時代のセックス・性風俗・オナニー事情:貞操観念が変化した時代

大正時代のセックス・性風俗・オナニー事情:貞操観念が変化した時代

P
PAETNER編集部
公開, 更新 , セックス

現代は性が氾濫している時代と言われていますが、大正時代の風俗やセックス事情はどうだったのでしょう。

大正時代(1912~1926年)は大衆文化の時代とも言われており、新聞や出版産業が大きく花開き、ラジオなども誕生しました。人々の生活が大きく変わった大正時代の性風俗事情について見ていきましょう。

大正時代のエロ本事情

今日ではアダルトショップやネット通販で気軽に購入できるエロ本ですが、大正時代のエロ本というと、当時は写真ではなく絵や小説がメインでした。

大正時代、すでにカメラや写真などの技術はありましたが、まだ一般的ではありませんでした。そのため江戸時代からある春画などがおかずになっていたようです。

ちなみに辞書のエロい単語を見て抜いていたという逸話もあり、大正時代は勉強の道具ですらエロ本の1つでした。

大正時代のオナニー事情

オナニーのイメージは良くなかった

アダルト大国と言われている日本ですが、明治から大正にかけて、オナニーはオープンにするものではなく、どちらかといえば忌むべきものでした。その理由としては生殖以外の場で精子を出すことは無駄で害悪であるとう考えから来ています。

しかし大正時代に入ると、ドイツ留学から帰ってきて澤田順次郎などの性科学者によって、正しい性教育というものが考えられ始めます。当時の同志社・東大・京大の学生にとったアンケートでは96%以上がオナニーをしていたというデータも残っています。

それまであくまで生殖のためだと言われていた射精が、生殖や結婚のためだけでなく、当たり前の性として認識され始めたきっかけは大正時代と言っていいでしょう。

大正時代の大人のおもちゃ

大正時代に、大人のおもちゃはあったのか。もちろん性具という意味では、江戸時代にはその存在が確認できています。

しかし日常的に使えるものだったかというと話は別。

大正時代は戦争の時期もあった背景もあり、エロに対する規制は現代よりも厳しくなっています。

媚薬などはあったと思いますが、実際にバイブやオナホールに該当するようなものが一般流通していたとは考えにくいでしょう。

大正時代の風俗事情

キャバクラのルーツ登場

大正時代には女性が男性を接客するカフェーがオープンしました。現代で言うところのキャバクラであり、店員が自身の体を客に擦りつけるなどのサービスをしたことで人気が集まります。

疑似恋愛を体験できるスポットとしてカフェーは風俗の新しいジャンルとして確立。キャバクラ・おっパブ・セクキャバのルーツ的な存在です。

風俗業界にも変化があった

日本の風俗史には欠かせない吉原も大正時代前くらいから変化が始まります。江戸時代の頃はお金を払っても女郎は断ることができました。しかし徐々に現在の風俗店のような形になり、お金さえ払えばOKというスタイルへ。

大正時代に大阪でオープンした飛田遊郭は、各部屋にダブルベッドが配置されるなど高級感のある風俗でした。

このように大正時代には風俗業の大きな変化がありました。しかし通えたのは一部の富裕層のみでした。

大正時代のセックス・夫婦関係は?

付き合う前にセックスするのはタブー?

今では付き合う前にセックスすることも多いですが、大正時代に入るまで、そんなことは考えられませんでした。処女は大切な男性に捧げる物という観念があったため、結婚するまではしないのが当たり前でした。

しかし大正時代に入り、貞操論争というものが巻き起こります。

平塚らいてうなどにより、結婚前にセックスしたり、パンを買うために体を悪いことなのか、という議論が婦人公論などの雑誌で取り上げられました。

つまり大正時代から、自由恋愛という規範が生まれたと考えられています。

大正時代の夫婦関係

当時の夫婦関係はさまざまなスタイルがありました。家の事情で愛のない結婚をしたり、亭主関白で女性の立場がなかったり。もちろん本当に幸せな夫婦も存在しました。

ちなみに美人は学校在籍中に結婚の話が来るため、卒業できませんでした。美人は高校を出る前に家庭へ入り、卒業した人は社会で活躍するといった流れです。このエピソードから大正時代は若くして結婚していたことが分かります。

全裸になって正常位はできない

大正時代の夫婦は盛んにセックスをしていましたが、今とはまったく違うやり方です。自宅で濃厚な絡みができるのは一部のお金持ちに限ります。なぜなら民家は基本的に部屋が狭く鍵が掛からないため、誰かに覗かれる心配があったからです。

庶民は服を少しだけ脱ぎ、後背位でコソコソとセックスをしていたとのこと。そのため全裸になっての正常位やベッドでのプレイは夢の1つでした。さらに正常位は体を全部見せるということもあり、大正ではアブノーマルプレイと認識されています。

コンドームや避妊薬はあった

大正時代にはすでにコンドームが存在していました。明治時代には国産のコンドームが登場し、普及しました。しかし品質はおそまつなものだったため、主に風俗嬢などが使っていたようです。

関連した記事

花魁とはどのような存在だったのか?花魁の歴史やしきたりを紹介

花魁と言えば、華やかな着物に身を包み、高い下駄を履...

2019年07月12日, セックス

古代人のセックス事情:ヨーロッパ・日本・中国の性の歴史

性倫理は時代によって大きく異なります。現代から遠く...

2019年07月11日, セックス

コンビニからエロ本が消える事情:大手コンビ二3社も取り扱わない方針に

昔はよく道端に落ちていたエロ本。かつては性欲を満た...

2019年07月11日, セックス